ワニ男 女性パン職人

◎ エッセイ

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 07/02/2017

ワニ男

 

その男は、ワニに似ていた。
なぜ、それだけ似ているのか本人に確かめたかったが、
噛まれるのがオチなので止めておいた。
性格がわかりだした頃、思いのほか、冗談が通じる男だとわかった。
タイミングを見計らって、言うべきか。

行動を観察する。
午前中は、窯の担当のようだ。
大きな身体にひっきりになしに手を動かしている。
忙しい日のときのこと、大量の成形された生地がホイロに入っていく。
発酵した生地がラックに移っていく。ラックはいっぱいだ。
ワニ男は、パニックになった!
どうもテンパる性質のようで、あたふた加減がすごい。
感情が高ぶると、かんでしまうクセもある。

午後からは、デニッシュ生地の油脂折り込みの仕事をするようだ。
生地は冷凍されていて、タイミングを見て冷凍庫から出し、
リバースシーターで油脂の折り込みをする。
そのあいだは、成形の手伝いをしていた。
しばらく時間が経ったとき、ワニ男は生地を取り出し、油脂を折り込み始めた。

そのとき、社長がお手伝いで同じ作業場に居て、怒号が飛んだ。
何事かと思った。ワニ男が叱られている。
デニッシュ生地が解凍しきれていなくて、
無理矢理リバースシーターに通したばっかりに生地に亀裂が入っていた。
その状態だと、グルテン組織が切れてパンになったときにボリュームが劣ってしまう。
もう少し、生地を戻さないといけなかったのだ。
32歳。パン歴5年。「そろそろしっかりしろ」と、社長に呆れられていた。

ワニ男は、みなに慕われている。
仕事が終わったあとに、みなにジュースをおごってくれることがある。
落語を披露してくれたこともある。
落語ができるパン職人は、全国広しといえども、そうはいないだろう。
カラオケは絶妙な音痴加減だった。笑いが起こる。

あるとき、社長は思い切った決断をした。
ワニ男を店長に指名したのだ。製パン技術はいまいちだが人望はある。
何事も経験だ。やってみなくてはわからない。
やってみたところ、半年で職は降ろされた。
他店は売り上げが上がっているのに、この店だけ下がっているのだ。

20年後、このパン屋にワニ男がまだ働いていることに驚いた。
パン職人で、同じパン屋で25年勤務は非常に珍しい。
店長をしていた。仕込みの担当だった。
すべての店舗を周っていて、同じようなパンの構成でわかったことで、
この店のパンが一番、良かった。断トツだ。
成長して、うれしかった。
しかし、最後まで、なぜ、ワニに似ているのか聞けなかった。
かまれるかもしれないからね。

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 07/02/2017

女流パン職人

 

パン職人は、男性だけ。
そんな考えはもう古い。現在、女性のパン職人はたくさんいる。
平成の始まった頃であっても、知り合ったなかで4人います。

女性は、成形で男性より向いています。繊細できれいに作ります。
雰囲気も華やかになり和みます。

当時そのパン屋では、成形する専門店の作業場がありました。(生地の分割は別の場所です)
あんパン、メロン、クリームパン、三つ編みパンなどの成形をします。
モルダー(生地の成形を助ける機械)はなく、
クリームパンを成形で生地を平たくするときは綿棒を使い、
三つ編みをするとき、紐状にするのもすべて手作業です。
この仕事を10年していた女性がいました。60歳少し前くらいだったかな。
1日、8時間労働で、休憩、掃除する時間を除いたら6時間の成形です。
ひたすら成形だけで、10年ですよ。
そりゃもう、早い、きれい、生地の状況に合わせるなど、成形として完璧でした。
成形のスペシャリストです。
その店限定ですが、成形で他にそれ以上の人はいませんでした。
同じくらいの人はいましたが、ベテランのパン職人で、中堅、若手ではかないません。

24歳のその女性は姉御肌。
できの悪い後輩がいても、丁寧に教えています。
テキパキとして、ミスはほとんどなく、動きまわっていました。
仕事内容は、成形は一応、一通りしますが、サポートも多かった。
カレーパン、ドーナツを揚げたり、仕上げとしてクリームを挟んだりと。
洗い物や材料発注もしていました。
辞めた直接の原因は、膀胱炎。トイレを我慢しすぎて膀胱炎がひどくなったのです。
責任感が強く、他に男ばかりでトイレに行くのを言い出すタイミングが遅れたり、
ストレスも溜まっていたと思います。

23歳の女性は、4年ほど働いていました。
仕事内容は、上記の女性と同じです。(聞くところによると)
私とは店舗違いで、一緒に働いたことはありません。
勉強会やイベントで少し話した程度です。
辞めた理由は、他の仕事がしたくなったから。(別の社員の話によると)

パン屋によって違いますし、当時の女性パン職人を巡る考え方も影響しています。
一番上の方は、中堅のパン屋で作業場は120坪ほどありました。(ちょっとした工場ですね)
下の2人は、複数店舗のある同じパン屋です。
そこのパン屋の社長は60歳ほどで、女性のパン職人は仕込み、焼成をやらせてもらえなかった。
焼成は、やけどをさせてはいけないのと、力がいるからです。
仕込みは重要な仕事で、任せるなら男性社員限定と。
社長はそういう考えで、女性方もすることはないと思っていたふしはありました。
現在は、仕込み、焼成をする女性はたくさんいます。
あくまで、当時の社長の考えであり、女性もそう思っていました。雰囲気もありました。
差別とか、そういうことではありません。
もっとも、当時から仕込みや焼成をしていた女性もいたとは思いますし、
その人数がだんだん増えていって、現在に至るのではないでしょうか。時代は変わるものです。

あと、ひとり、20歳の女性もいました。(上の2人と同じパン屋です)
同じくパートではなく、きちっとした社員扱いですよ。
パン屋に入社した理由はパン作りが好きだから。
好きなのは良いことなんですけが、趣味で家でパンを作るのとは少し違います。
お菓子作りの延長線で、かわいいイメージがあったようです。楽だとも。
実際は、忙しいときは殺気立ち、戦場のようになることもあります。
職人職ですから、技術を習得して、向上していくことを望まれます。
成形の仕事が数ヶ月経っても、なかなかうまくならない。
不器用というより、うまくなろうという向上心の欠如です。
みんななんとか、うまくなってもらおうと環境は整えたのですがだめでした。
ミスをしたら泣くときがある。日によって気持ちの持ちようが違うという
女性の欠点を強く持っていました。
1年もしないうちに辞めてしまいました。

当時、社長が女性パン職人を好まない理由として、加えばければならないのは、
結婚すれば、あっさり退社をすることがわかっていたからです。
しかし、妊娠して続けることができなくなるまで退社しない人は増えていますし、
男性だって、5年以上続ける人が何人いるか、です。
結婚、妊娠が理由でなくてでも、男性だって、すぐに辞める人はいくらでもいます。
現在では、女性パン職人を理解している社長が増え、環境も整ってきました。
女性がオーナーのパン屋は増えていますし、スタッフ全員女性のパン屋も増えています。
男性にはない魅力があり、現在も女性パン職人ですごい技術を持っている人もいるので、
これからも女性パン職人は増えるのじゃないでしょうか。

中のふたりの女性は、もう少し環境を整えて、仕込みや焼成を覚えていくとどうなっていたのかな、
と思うことはあります。
仕事に制約があり、モチベーションが上がりにくく、マンネリ化もありました。
いくらがんばっても、副店長以上になれない。
時代といえば、時代ですが。

 

 

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