製法を変える 慟哭

◎ エッセイ

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 06/28/2017

製法を変える

 

パン屋経営者の会合のとき、ある人の悩みと解決を聞きました。
「最近、食パンの出来が悪いんやけど、ストレート法から中種法に変えようと思うてる」

65歳近くの年配の方です。
最近、食パンの出来が悪い。
食パンが上部まで窯伸びせずに角が丸みを帯びている。最近、頻繁に起こるという。
冬場であり、発酵が遅れて仕方がない。どうしたら良いのか。

「小麦粉が悪いのか。イーストが悪いのか。ミキシングが悪いのか。
まぁ、作り方が悪いんやろうけど、どこかわからん。
いっそ、パン生地が安定してる中種法で作ってみた。
そしたら、いい食パンができたわ。
これで問題なかったら、これからずっと食パンは中種法にするわ」

なにげなく話を聞いている途中、何度か不思議なことだと思った。疑問が沸いたというべきか。
なぜ疑問に思ったのか、そしてその答えです。

「小麦粉が悪い」は、製粉会社が持ってきた小麦粉が不良品だったのでないか。
昭和30年代の日本の製粉会社の製粉技術はまだ未熟で、
ときどき膨らみの良くない質の悪い小麦粉のときがありました。
そんな時期があったかもしれないけど、そのときから50年以上経っています。
外国産の小麦粉で、いまどきそういうことはありません。
いや、あるにはあります。
新麦で熟成の足りない小麦粉のときが時期的にあって、不安定なときが。
だけど、不良品というより、生地の具合をみて調節できる範囲です。
製粉会社の人から話を聞くと、年配の方から今でも
今回の小麦粉は質が悪いのではないか不良品かと問い合わせがあるようです。
当時の不信感が拭えないのです。

「イーストが悪い」も同様で、使用してるのは生イーストですが、
業社から持ってきたイーストが不良品だったのではないかと。
これ、知っている人は知っていますが、
数年前に、ある大手パン会社がパンを作っていて、パンの膨らみがどうしても悪い。
原因を調べていったところ、そもそも卸したイースト自体に問題があった。
イースト会社からしたら、そこまで品質が落ちるとは思っていなかった。故意ではない。
それでも大手は激怒して、別のイースト会社に変更した事件です。
知っている限りでは、過去2回あります。
まれなケースですが、そのことを知っていて、「イーストが悪い」と。
まぁ、でもそんなことがあったからといって、すぐに業社のイーストが悪いというのはどうかと。
今回でも、イーストが悪いわけではありませんでしたし。

生地の膨らみが悪いのはミキシングが少ない。確かに考えられる。
わかっていたら長くすれば良い。それで解決しなければ、別の原因となる。
作り方が悪いのが原因か。材料に問題がなければ、そうなります。
作り方が原因とわかっているけども、どこかわからないから困っているんですね。

で、いっそのこと製法を変えてみた。直捏法から中種法に。すると、良い食パンができたと。
中種法は安定した生地になりますが、安定するのは良い生地が完成した場合だけです。
中種法でも出来上がった生地が不良であれば、膨らみの悪い生地となります。
(「中種法のコツ」を参照に)

製法を変えたら良い食パンができたのは、
おそらく、直捏法のときに悪かった生地作りが中種法で作るときに解消されたということです。

不思議なのがパン屋経営者歴30年以上でありながら、
冬場のときの対処方法で、今までどうしてたかという疑問です。
これは愚問でしたか。パン作りは何年経っても不思議なことが起こるものです。

もっともすごいのが、
65歳になられても、良いパン作るには今まで慣れ親しむ製法を捨ててまでするという
その情熱、熱意です。

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 06/28/2017

慟哭

 

Tさんとは、ついに一緒に仕事をすることはなかった。
同じパン屋であっても、ずっと店舗違いで、
年に1~2度ある職人同士の移動でもずっと、すれ違っていた。
勉強会やイベントで、話は何度かしたことはあります。
人柄は良かった。笑顔が素敵な方で、よく冗談を言っていた。
Tさんに悪くいう人は1人もいません。

そのTさんが独立することになった。
50歳少し前で、これ以上遅れると体力的にきつくなる時期。
むしろ、だいぶ遅いくらいで詳しい事情はわかりません。
当時、私はすでに退職していたのです。
独立する話を人伝に聞いて、喜んでいました。
仕事を一緒にすることはなかったとはいえ、同じパン屋で働いていた仲間。
独立したら同じパン屋経営者としての仲間になります。
オープンして、落ち着いた頃に挨拶をしようと決めていました。

人の不運は、いつなんどき訪れるか、わかりません。
ずっと幸運続きの人はいませんし、ずっと不幸続きの人もいません。
そうわかっている。わかっていたつもりであっても、時として、
人はあまりにも厳しい現実を突きつけられることがあります。
神は試練を与えられた? 何の試練だというのだ。口で言うのは簡単だ。
何か悪いことでもしたのか。自分の胸に手を当ててみても思いたる節はない。
不運として片付けるには納得できるはずもない。

店をオーブンをする1ヶ月前に、奥様が車に轢かれて亡くなったのです。
車はよそ見運転で、奥様は何の落ち度もありませんでした。
それでも、気丈にも少し遅らせるだけで開業に至りました。

パン屋はマンションの1階にあり、2階以上は住宅となっています。
オープンしてすぐに住民から苦情が来ました。
音がうるさい。とくに早朝のミキサーの音。
パンの香りをなんとかしてくれ。一日中ずっとは嫌だ。
マンションの1階にあるパン屋は、少ないですが全くないわけではありません。
現に知り合いのパン屋で他に2店ありますが、気を使うことはあっても
苦情が多く来ることは聞いていませんでした。
マンションの構造か住民の性格なのかは、わかりません。
その対策として、資金が必要になりました。
(騒音に関して、どれだけの音がするか受忍限度を事前に調べておく必要があるようです)

商売している店の立地条件として、一方通行の道沿いはよくありません。
そうは聞いていても、実際のところ本当に良くなかったようです。
しかも、オープンして3ヶ月もしないうちに店前でアスファルト舗装工事が始まりました。
公道とはいえ、お客さんの自転車置き場がなくなってしまいました。

オープンして、6ヶ月ほどしたとき、挨拶に訪れました。
元気にしていましたよ。昔のように。
でも、わかっています。慟哭を隠していることは。
私はできる限りのことはしたいと申し出ましたが、
笑って、何か手伝ってほしいことがあれば伝えると答えてくれました。
娘さんは、お二人おられて、一緒に仕事をされていました。

残念ながら、2年で閉店となってしましましたが、
多くの友人に助けられ、その後の仕事、生活はなんとかできるようになったようです。
そのとき、わかったことですが、
独立は、娘さんが学校を卒業するまで待っておられていたようでした。
自分の独立が遅れても、娘との時間は大事にしたい、と。

当時から22年の月日が流れました。
お孫さんのひとりがパン職人の道に進まれるそうです。
幸せに暮らしているようでした。

 

 

 

コメント