製パンを極める男

◎ エッセイ

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 05/30/2017

製パンを極める男 1

 

あるとき、パン屋で働いたときの先輩である人が独立して、そのパン屋に遊びに行きました。
「俺よりうまいパン職人は、まだまだおるなぁ」 どこかを見つめるように、つぶやくように。
僕は思わず、ため息です。
速水さんは私にとって、一流のパン職人なのです。まだまだ上がいるのですか。
「俺にもできるか?」
開いてあるページには、おいしそうなドイツパンが並んでいます。
「速水さんならできます。その気になれば、できますって」
調子に乗って言ってしまいましたが、速水さんは何も答えず、ドイツパンをじっと見つめていました。
ただ、本当のところはどうだろう。
本物のドイツパンは、マスターした人から時間をかけて教えてもらうしかないのでは。
独学で、見よう見真似で作るのは難しいだろう。
速水さんはパン屋経営者であり、いまさら修行に行くのは無理です。
それに店は繁盛していて、そこまでしてドイツパンを作る必要もない。

それから数ヶ月して、速水さんは店を他のパン職人に任せて、
ヨーロッパ(ドイツを含む)に一週間、勉強の旅行に出かけました。
はぁ、そこまでしますか。

速水さんの製パン技術は最高レベルに達しています。どのパンもすごくおいしい。
それでもですね。パンの本を見ていると唸るようなパンは出てきます。
人によっては、ひとつの分野だけを集中して取り組んでいます。
また、人は様々な考え方を持っていますから、
誰もが思いつかないようなパンを作る人は、必ず、出てきます。
パンにも様々な分野があり、全てマスターするのはかなり厳しい。

速水さんはドイツパンが不得意分野ですが、少しでも知ろうとする。
作ってみようとする。作ろうと努力する。製パンにおいて、そんなことを繰り返しています。

ある分野において、最高のレベルに達すると……。
いや、最高といってもキリがない。上には上がいる。
例えば、100メーロル走で世界一速いといっても一時的なものです。
また、記録は「タイム」で表せますが、パンのおいしさはあいまいなところがある。
世界一おいしいパン、といっても、もっとおいしくできるかもしれない。
もっともっとおいしいパンを作るには、どうしたら良いのか?
妥協をせずに考え続ける。考え続けて、頭は極みの極地に達する。
その先は「神の領域」といいます。
神の領域にわずかながら、見えかけた。
その先は……。見えかけたその先にあるものは何だと思いますか?
それは「狂気の世界」です。
人は、考え過ぎると狂気の世界に足を踏み入れてしまいます。
バベルの塔のごとく、人は精神的に崩れ落ちてしまいます。

速水さんと話をしていると、
僕の店の1日の売り上げ金額、お客さんの人数、従業員の人数、給料明細。
はたまた、店の電気代、ガス代、水道代にまで聞いてきます。
困ってしまって、よくわからないと言うとすごく怒ります。
わからないこともないのですが、答えにくいのです。

彼女はできたか? 結婚はする気はあるのか?  そんなことばっかり。
意図がわかりません。僕のためになのか、自分のためなのか。
まさか「狂気の世界」に入ってしまったのでしょうか。
速水さん、もし、これを読んだとしたら、お願いします。
そんな質問は止めてください。嫌です。
最後は悪口のようになってしまいました。我ながらすごいオチです。

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 05/30/2017

製パンを極める男 2

 

長身で細身。面長で眼光がやたらと鋭い。
おそらくカエルを見れば、カエルは身動きできなくなるでしょう。
漫画でいえば、ゴルゴ13にそっくりです。
似ていないのは陽気な性格なところだけでしょう。
その人物は、速水さんです。

速水さんは、あるパン屋の社長の黄金の右腕でした。
数店舗あるパン屋の全てを見渡し、店長ながら、他の店長をまとめる立場だったのです。

僕が速水さんが店長をしている店に配属されて、数日経ったある日のこと。
「デトロ君は、耳が小さくて、大成できないな」
作業台を挟んだ向かいから、速水さんがそんなことを言うのです。
僕は、怒り、悲しみ、冗談としての微笑み。返す言葉もなく感情はありませんでした。
この人はなぜ、そんなことを言うのだろう。不思議な感覚でいたことを覚えています。
福耳は人相学で大成するといわれますが、耳が小さいことで何が悪いのでしょう。
周りの人は何事もなかったように仕事を続けています。

また、ある日のこと、僕はこしあんを、向かいの速水さんは粒あんを包んでいました。
「お~い、デトロ君、ちょっとこっちに」
遠くで、辻中先輩が呼んでいる声がする。
声の方へ向かうことになり、体勢を横に向けて走りだそうとした瞬間、
ちらっと速水さんの行動が目に入りました。
粒あんの中に入っている小豆を器用にヘラで飛ばして、見事、僕のこしあんの箱に入れています。
あれっと思いましたが、それより先に用事に向かって走りました。
帰ってきても、なぜ、そんなことをしたのか、と頭の中でぐるぐる回っています。
こしあんの包みを再開していると、小豆を思わず、中に入れて包んでしまいました。
まぁ、速水さんがわざと飛ばしたものだし、いいのかな。
包み終えたとき、速水さんが怒鳴りました。
「異物混入とわかってて、包んだやろ!!」
すみませんと頭を下げて、包みを開け小豆を出しました。
あまりの剣幕に、速水さんがわざと小豆を入れたのに、とは言えませんでした。

速水さんは基本的に明るい人です。
仕事のことになると厳しい。でも厳しさの中にやさしさもあります。
やさしさは甘さでなく、一生懸命がんばったとき、結果を出したとき、そんなとき褒めるというやさしさです。
やさしさだけではありません。やさしくすれば甘えるとわかるときは、決してやさしくしません。
後輩を教えるとき、どうすれば伸びるのかは個人差があります。
厳しくする。褒める。話をする。話を聞く。
僕は、喜怒哀楽を強く表面に出さない傾向にあり、
速水さんは、初め、僕の性格がよくわからなかったようです。
そこである事件が起これば、どういう行動を取るのだろうと色々と試していたようです。
もっとも、それは数ヶ月経ってからわかったことです。

速水さんはわかっていないことがある。
知り合って、たくさんの奇行をされれば、誰だって変人だと思いますよ。
人のことを色々とさぐる前に、自分のことをどう思われるか考えた方がいい。
生意気ながら、そう思います。
この人は仕事以外では、関わらない方がいい。
変人と思って、おもわず距離を離してしまいました。

あぁ、また悪口にようになってしまった。悪口ではないんですよ。
ただね。う~ん、いまだに速水さんのことはよくわからないです。
また変なオチになってしまった。

 

 

 

コメント