渡り鳥りパン職人 ある男、あの日のこと

◎ エッセイ

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 04/15/2017

渡り鳥りパン職人

 

そのパン職人は色黒だった。眉毛が濃く、目がぱちリとして南国生まれか。
Fさんは、30歳を越えたくらいで極端に寡黙。左利きが一段と異彩を放っていた。
(知り合ったパン職人の中で、左利きはこの人だけ)
性格はまじめなようで、神経質にも見えた。
テキパキと切れ味良いタイプで、なんでもこなします。
しかしながら、1年ほどで突然、辞めてしまった。
一身上の理由です。(いつも思うけど、一身上って、なんでもありだな)
働くパン屋で何か合わなかったのか。
一番印象的なのが、パン嫌いで絶対に食べない。完全なご飯党。
パン作りは好きだけど、パンは嫌いという。(これでよくパン職人してるな)
周りに合わせるのが苦手で、孤高の人だった。
実力は垣間見えたけど、今もどこかでパン職人をしているのかな。
パン屋を渡り歩いているような気もする。

こんなパン職人もいました。
Nさん。当時、独身で35歳だったか。
独り言のような冗談をいつも言ってマイペース。
腕は一流といえないまでも、ミスは少なく、超二流というべきか。
プライドはあるけど、出世欲はなく、副店長の指名でも固辞していた。
性格は何よりも明るい。怒らない。
自分から怒りを買うようなことは言わないし、悪口も言わない。
楽しんで行こうーが信条でした。
周りには好かれるけど、当時の店長Aさんは、この人のことをどう思っていたのか。
なんでも、そこそこで終わってしまう。一流になりきれない。そういう性格。
誰に対しても、なぁなぁになってしまう。
ついにあるとき、Nさんと店長のAさんは職場で殴りの合いのケンカになってしまった。
そのとき、わたしはすでに退社していて現場にいなかった。
後輩から人伝に聞いた話です。
些細なことだったらしいけど、Nさんは顔を腫らせて退社してしまった。
後輩がいうには、Nさんは実は短気で内に秘めることがあるという。
そのことが原因か、Nさんは定期的にパン屋を変えているようだ。
FさんとNさんは、性格、実力も違ったけど、同じ渡り鳥りパン職人として共通していた。

 

○ パン屋経営者・パン職人(人) 04/15/2017

ある男、あの日のこと

 

後輩のことです。年齢は年下で19歳だったかな。
とにかく、いつもヘラヘラしていて、存在感がありませんでした。
わかりにくいですか。はっきり言うとその男のことは嫌いでした。

2人だけ年齢が近く、周りからは何かと比較されるわけで、それだけで嫌だった。
俺と比較対象にすんなーってね。
雰囲気は暗くて、挨拶するぐらいであとは、誰とも全然、口を利かなかった。
今まで何をしていたのか、経歴が全然、わからない。

あっ、ビールいただきます。みんなには内緒だけど実は好きなんです。
そういう感じで、本格的な仕事はなかなか与えてもらえない。
雑用的な仕事ばかりでね。3ヶ月経っても変わりはなかった。
さすがに店長もどうにかしようかと思ったらしく、
成形辺りから、少しずつパン生地を扱えるようになって、
はじめてみると、案外、上手にするんですね、驚きました。

話は戻りますが、はじめの雑用的な仕事は傍から見ても、一生懸命していました。
それでもねぇ。やっぱり人柄というか、口は利かないし、ヘラヘラしているだけだから、
次の仕事には任せにくいんですよ。
新しい仕事になると、店長も色々と説明しなくちゃならないし、
何を考えているのか、よくわからないですからね。
周りとうまくコミュニケーションできないというか。

成形は丁寧でこなしているうちに早くなってきて、よくやってるな、と周りは認めました。
そこから半年後ぐらいだったかな。店長が計量をやらしてみよう。となったんです。
無茶な、ちゃんと量れるのか!?
いや、まぁ、否定的な想いの根拠はないです。
計量といえば、重要じゃないですか。計量ミスでもしてたら、後の処置が大変ですからね。

少し説明を加えておくと、その職場では、1日に何度も仕込みがあって、
ほぼ連続になるほどでしたから、仕込みの度にその計量をするのではなく、
前日に仕込みをする分の計量を済ませていたんです。

そいつはね、計量ミスがなかった。
日々こなすうちに、周りを汚さない、早い、きちんと正確に量ってある。
やれば、できるもんだなって、思いました。

ずっと、計量ミスはなかったんですが、一度だけ、あったんです。
焼き上がったクッキーを見ると、ほとんど膨らんでいない。
そんとき、俺が焼成してたんですけど、自信を持って焼成ミスはなかった、といえます。
まぁ、そのときのクッキーは膨張剤に重曹を使っていて、
膨らまない原因が焼成はありえないんで、焼成のミスがなかったというのも変だけど。
結論として、計量ミスしか考えられない。となって、
店長はそいつに計量ミスみたいだけど、何か心辺りはあるか?と聞いたら、
絶対に計量ミスはしていない。と言い張るんです。
そんなはずはない。クッキーは膨らんでいないんだから。
重曹のような細かい粉は入れた覚えがある。と言うんです。
じゃぁ、近くにあるベーキングパウダーと入れ間違いかと、
店長をはじめ、みんなそう結論付けたわけですが、そいつは認めない。

俺もしまいに腹が立ってきましてね。
現にクッキーは膨らんでいないだろ? 焼成ではこんなことにはならないんだぞ!
計量ミスしか考えられない。他に理由があったら、言ってみろ!
答えられなかったら、お前のミスだ!
そいつの目からみるみる涙が出てきてね、「うぅ、うぅ」と言うばかりでした。
今思うと、言い過ぎたかもしれないけど、あまりにも自分の非を認めないもんだから。
そのことがあってから、1ヶ月後ぐらいだったかな。辞めてしまいました。
一身上の都合で、はっきりしたことはわからないです。

もう一杯だけ、ビール飲みますね。
計量の仕事は、俺が引き継ぎました。
だけど、恥ずかしいことに2週間に3回もミスをしてしまいましてね。
仕込みの人が事前に気がついて、事なきを得たんですが、俺の信用は無くなりました。
計量の仕事は、クビになってしまいました。

この仕事は、君にはまだ早過ぎたようだ、とね。
正直、計量の仕事がここまで集中力がいるもんだとは思いませんでした。
家に帰ったその日、泣きました。あまりにも情けなくて。

あの男、あの日。
計量ミスしたことを最後まで認めなかったな。涙の理由も何だったんだろう。
それは、「悔しさ」からに違いない。
自尊心(プライド)が傷ついた。自信を失った。
それとも、きつく言った俺に? あくまでも自分は計量ミスはしていないと?
そんな自衛ではない。仕事に対する想いがそうさせたのではないかと思う。
いずれにしても本人にしかわからない。いや、本人もわらかないかもしれないな。

えっ? 辞めたその男の人にまた会ってみたいかって?
それはないですよ。でも、……たまに想い出すことはあるかな。

ただひとつ、聞きたいことはある。
「今もパン屋で働いているのか?」って。
働いていたら、「がんばれよ!」とでも言ってやりますか。
「お前には負けへんぞ!」とでも言ってやります。

……だいぶ、酔っ払ったかな。
え? はじめに言ってたことと違う?
はじめは嫌っていて、比較されるのも嫌なのにと?
そうでした。確かにはじめは嫌っていた。それは第一印象で、しばらくのあいだだけですね。
おとなしいのはまだいいけど、いかにも暗くて何も話さないのは苦手です。
かといって、俺はいじめたり、無視した覚えは一度もないです。
仕事は一生懸命していましたもの。

え? 上から目線で偉そうにしている。それでも、辞めたのは俺のせいではないかと?
上から目線と言われても、同じパン屋の先輩で、年齢も少し上、製パン歴も長い。
どうしても上からの目線になります。少なくとも同格ではない。
必要以上にいばりちらすのは問題だけど、そこまでは言ってないです。

そう思っているだけで、相手は何かと傷付いていた?
優しく、間接的に接すればよかったのかって、それはそれで良いとは思えない。
俺なんかの方がもっと直接的にきつく言われて、ひざ蹴りまで喰らってた。
ミスが多かったからなんですけどね。よく叱られたけど、耐えましたよ。

やっぱりね、話さないのがダメなんですよ。対話がなかった。
一番年下でも先輩に言うときは言うと。
目で訴えて、相手にわかってくれると思ったら、大間違い。話さないと何もわからない。
辞めたのは俺のせいだとしたら、甘いと思うな。甘すぎる。
甘いけど、辞めたのは残念だった。
残念で、だから心残りでこうして、先輩に話をしようと思ったんです。

 

 

 

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