パン職人の夢2

◎ エッセイ

 

○ パン職人の夢2 

パン職人の夢

 

数ヵ月後、僕は退社して、父のパン屋に戻っていた。
その店は、父と僕が合流すると同時に全面改修していて、
改装したあとは、想像以上に売れて、大忙しの日々だった。

落ち着いたある日、後輩から電話がかかってきた。
「ずいぶん忙しいって、うわさでは聞いていたんですけど、そろそろ落ち着きました?」
「落ち着いたよ」
「よかったら飲みに行きません?」
「そやな、行こか」

飲みに行く約束をした日、居酒屋で久しぶりに落ち合った。
乾杯を済ませるとビールを飲みだし、昔話をした。
途中、衝撃の言葉を聞いた。
僕が退社をして、数週間後に美馬さんが急死していたのだ。
僕に電話をすることも考えたが、すで退社していたこと、愛馬さんの実家が遠いこと、
父のパン屋で忙しそうにしていて、そんなときに動揺を与えたくなかったこと。
そう考慮して、お通夜の連絡のとき、
後輩が会社の人に、日が経って僕に訃報を伝えることを言ったらしい。
(その後輩は、一緒に美馬さんの家に宮沢りえの写真集を見に行った人物である)

美馬さんとはたくさんの思い出がある。
最も印象に残っているのが、家に遊びに行ったときに言っていた、
「いつか独立したいと思っててな。そのときのために用意しててん」
パン職人の夢、「独立」を果たすこと。
僕の頭はグルグル駆け巡る。
質素な部屋は貯金のために余計なものを買わなかったからではないか。
美馬さんはやはり汚いものは気にしない性格で、理由があってきれいにしていたのだ。
それは奥様がいつでも帰って来られるように。
いつまでも帰りを気にしていたのは、あの写真が証拠だ。
独立のための資金は貯まっていたはず。奥様と一緒にしたかったはず。

後輩の話は続く。
美馬さんの訃報で、社長はお通夜の参列の打ち合わせをした。
実家は遠く、数名の代表で決めて行くことになった。
後輩は手を挙げた。辻中先輩も手を挙げた。
「ぜひ、私も行かせてください」
意外な言葉だったが、ぜひ、というなら社長も受け入れた。
会場ではたくさんの人がいた。以前、働いていたパン屋関係の人も多数、訪れていたようだ。
後輩は愛馬さんの知られざる過去も知った。

美馬さんは以前のパン屋で知人にポロっと漏らした。
「独立しようと思う」
奥様がいなくてもいいじゃないか、独立してからでも戻ってくれば一緒にできる。
独立するには年齢が迫っている。
知人は独立するものと思っていたが、数日後には「やめとく」になった。
美馬さんはその頃、気付いたはずだ。自分の体力が急激に落ちていることを。
不自然な疲れ。疲れが取れない。独立するための体力がない。
美馬さんは噂である社長の一流の腕前を知っていた。
最後にこのパン屋で、一花咲かせたい。
履歴書を持参して、入社を希望するべく最後のパン屋に向かった。

社長は、美馬さんが前に働いていたパン屋の社長が知り合いとわかり連絡をした。
「なかなかの腕前だよ」
履歴書を見ながら、採用の決意をした。
しかし、社長の期待は虚しい結果となった。

僕は愛馬さんと知り合ったとき、三流のパン職人とみなしていた。
後悔。入社時から身体に変調があるとは知らなかった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

美馬さんは「独立」に見放されていた。
奥さんと一緒にしたかった。……できず。
それでも独立するのだ。奥さんは後からでもいい。……身体の変調で、できず。

僕はどうだろう。父がパン屋をしていた。
辞めるとき、美馬さんに 「父のあとを継いでパン屋をします」と言ってしまった。
「そうか、よかったな、がんばれよ」
愛馬さんはニコニコしながら、そう言ってくれた。
後輩は、会場から去る少し前、辻中先輩の顔を見た。目が腫れていた。

僕は帰りの電車でドアにもたれながら、窓越しの景色をぼんやりと見ていた。
変わりゆく木々、移りゆく家々、流れゆく道。
あのはにかんだ愛馬さんの姿をもう見ることはできないのか。
独立の夢、果たせず。
窓から見える景気もじんわり雲ってきた。

 

○ パン職人の夢2

夢の向こう側

 

窓から見える景色も、いつのまにか見えなくなっていた。
僕が父のパン屋を継ぎ、経営者となった今は、
パン職人だった時との視点は全然違って見えます。

パン屋の経営は難しい。
忙しければ、疲れ果てるほどクタクタになり、家に帰っても何もする気になれない。
パンが売れない日が続けば、身体は楽になるが、精神的に参ってしまい、収入は減ってしまう。
パン屋は、パン屋としてバランス良く経営が成り立っていればこそ、充実して幸せなんです。

僕は独立したパン職人を10人以上は見てきました。
成功、普通、失敗、いろいろです。
失敗。つまり数ヶ月後に倒産は、3人は見ました。
はっきりいって、悲惨です。

パン屋を経営するには2千万円ほどの資金が要ります。
短期間で倒産すると、精神的に打ちのめされ、残った借金を返して行く日々になります。
独立の夢の向こう側には、充実した幸せの日々。その裏には悲惨なこともあります。
パンを作っても全然売れない。これほど悲しいことはありません。
精神的、金銭的に追い込まれます。
それでも売れるように努力する。言葉でいうほど簡単なことではありません。
独立の夢を見て、あのパンを作りたい、この材料を使いたい、こういう店にしたい。
このときが一番、幸せです。

僕が速水さんと一緒に働いていたとき、よくイヤミを言われました。
「パン屋の息子やろ、もっと動け!いつかオヤジさんのパン屋に戻るんやろ?」
数年後、パン屋の経営者になった速水さんが僕に言いました。
「ほんまパン屋をするって大変やな、こんなにキツイとはな」
そう、速水さんも独立して初めて、パン屋経営者の気持ちがわかったのです。
パンが売れる、売れないの話ではありません。
売れても売れなくもパン屋経営者は精神的にキツイことなのです。

パンを愛することはできても、愛し続けることは難しい。
パン屋経営は継続してこそ価値がある。
パン屋の経営を始めるというのは、「パンと共に生きる」運命を背負うことになるのです。

揺れる電車の中で、美馬さんを想っていた。果たせなかった独立の夢。
これでよかったのだ。愛馬さんはパン屋経営者向きの性格ではなかった。
夢の向こう側を想像していたときが、幸せだった。
パン屋経営の現実。そんなものは要らない。美馬さんにはそこまで苦労してほしくない。
やってみないとわからないことだけど、しなくてよかったこともある。
しかし、それは僕の勝手な想いだ。
美馬さんは、天国から「うるへぇ!」と、言っているかもしれない。

……いつのまにかもうすぐ降りる駅のようだ。数分後、そうして電車を降りて行った。
美馬さんの影が見えたような気がした。
手先が不器用なパン職人。生き方も不器用な男だった。

 

 

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