パン職人15年目 パン職人20年目

◎ エッセイ

 

○ パン屋経営者・パン職人 04/18/2017

パン職人15年目

 

パン屋の仕事。詩的戯言(してきたわごと)

〔仕込み〕
仕込みは無限の発見があります。
私は、パン屋で15年働いてきました。
毎回、いくつもの生地を仕込んでいます。
10年目くらいだったか。
パッとわかったのです。「そうか、そうだったんだね」
生地の表情が見えたのです。もちろん感覚的なものです。
15年目にして、また違う表情も見えました。
「そうか、こういうこともあるんだ」
この生地の感覚をわかる人は、はたして何人くらいいるのだろうか?
わかる人にはわかるのです。
20年目には、また新たな感覚があるのでしょう。
それが楽しみです。
わかっている人よ。待ってろよ。

〔成形〕
成形はセンスです。
センスだよな、やっぱり。
私は成形をいつまで経っても、完璧きれいにできない。
センスを言い訳にしています。それはわかっています。
「完全完璧」を求めすぎるのか。
う~ん、どうだろ。
完全完璧、きれいで美しい100点満点の成形は、
どうしたら作ることができるのだろう。
ため息まじりがまじりながら。

〔焼成〕
焼成は正直です。
そのときの体調、気持ちがパンとして、そのまま出ます。
オーブンは生きているのでは? と思うことがあります。
いや、確かに生きているな、奴は。
そうとしか思えません。
こちらがヘマをすると、奴も必ずヘマをします。
どうにもなりません。
頼むから、変な真似なんかせずに、きれいに焼けてくれよ。
と、窯の掃除で磨きながらの戯言。

〔パン〕
パンは芸術品です。
私は、せっせとおいしいパンを作ります。
食べてやってください。パンも喜んでますよ、きっと。
売れ残ったパンは、悲しいそうな顔をしています。
私も悲しいです。

※パン職人になって15年目になる当時、記念で書きました。
15年経っても、試行錯誤していますね。
仕込みの項の感覚については、20年、25年経っても新たな感覚、発見はあります。
わかる人にはわかります。

 

○ パン屋経営者・パン職人 04/18/2017

パン職人20年目

 

パン職人の技術と感覚

人は歳を重ねるごとに体力は落ちます。
運動をしてないと、確実に落ちます。
日頃から、運動をしていると維持はできます。
運動の質と量を上げると、体力はやっとつきます。

製パンでも同じことがいえます。
過去に得た製パン技術も使わなければ、鈍ります。
日頃から、技術を使っていると維持はできます。
技術力は上げる意識と考える力で、始めて上がります。

製パン技術で大事なことがあります。
「感覚」です。
過去に得た製パン感覚も使わなければ、鈍ります。
日頃から、感覚を使っていると維持はできます。
感覚は上げる意識と考える力で、始めて上がります。

技術の低下より感覚の鈍りの方が恐い。
感覚が狂っているのが、いつのまにか「普通」になってしまうから。

製パンの技術や感覚は、
日頃、使っていても、惰性だけでしていると上達はしません。
惰性というのは、
「慣れだけでする」「なんとなくする」「手足だけ動かしてする」
これらのことです。
惰性ではなく、「向上心」の意識付けが大切なのです。

製パン技術と感覚は、向上心を持って、その努力をした人こそ上がります。
それは、年齢とは関係ありません。

※パン職人になって20年目になる当時、記念で書きました。
30歳代後半になって、体力、精神的な衰えを感じています。
この頃になると、20歳代のときとは違った感覚になっています。
経験、感覚を新たな武器として、パンを作っていくことになります。
技術、体力が落ちないようにしながら。

 

 

 

コメント